スピーチはスポーツだ

小田全宏先生のスピーチの講座へ参加したときに教えていただいたことがあります。

 

スピーチはスポーツだ

自分が修正した部分は上手になる。

ということです。

  • お辞儀をしっかり行う『す、すーう』。
  • はじめに、今回は○○についてみなさんにお伝えしたいと思います。
  • 言葉のひげ『あの~』『えーと』を使わないで話す。
  • 語尾をはっきりする。語尾が消えないように。
  • 最後に○○についてお話をいたしまして私からのスピーチといたします。
  • お辞儀をしっかり行う『す、すーう』。

人の伝えるには公式がある。

スピーチもある種の訓練。

スピーチはおしゃべりとは違う。

人は話を聞くことはしんどい。

承認してもらうことが目的、面白いのは本来の目的ではない。

メッセージが伝わる。そのためにスピーチがある。

語尾をしっかり、うちゃうちゃしない。

ざわざわしている時は、終わってから。

7%が言葉、93%が表情、服装、身振り手振り、姿勢。

話の中身⇒感情の伴った個人的な体験を入れると響く。

相手の頭の中である部分イメージが入れば共感している。

常にある種の感謝のエネルギーを入れる。

⇒自分の手柄ではなく他人の良いところを流す。

上手な人は『間』のとり方がうまい。

 

私の感想は、

いろいろな方のスピーチを聞きますが、言葉のひげをとる訓練がポイントのようです。

粉飾決算は身を亡ぼす

振り袖の販売レンタル業『はれのひ』。

今年の成人式を前に突然店を閉じ、多くの新成人が晴れ着を着られなかったことが問題となりました。

その後、同社は破産となり、返済のあてのないまま売上高を粉飾した決算書類で銀行から融資を受けたとして、篠崎社長は詐欺容疑で逮捕されました。

帳簿

具体的にどのように粉飾決算をしたかは不明ですが、

仮に報道にあるように、架空の売上高を計上したとすると、

仕訳は、

(借方)売掛金 5,000万円 (貸方)売上 5,000万円 という仕訳になります。

この売掛金が回収されて初めて売掛金が現金になるのですが、架空の売上のため回収されることはないです。

金融機関は決算書の内容を信頼して融資を行ったのでしょう。

そこで、架空の売掛金の回収状況を精査することになりますが、回収されたと見せかけるため、売掛金の消込を行うことになります。

通常であるならば、

(借方)現金預金 5,000万円 (貸方)売掛金 5,000万円

となるべきところを

(借方)銀行借入金 5,000万円 (貸方)売掛金 5,000万円

という仕訳をきったらどうなるでしょう。

これは、返済していない借入金を回収されない(架空の)売掛金と相殺しています。

おそらく、複数の金融機関と取引があったであろうと予測されますので、A銀行に出す決算書には、A銀行の借入残高は正確な金額を載せて、B銀行の借入金を売掛金と相殺することにより銀行借入金を少なく見せかけてA銀行から融資を取り付けていたことが考えられます。

この仕訳を計上することで、架空売上 5,000万円の利益がそのまま決算書に計上されることになります。

この手法で、他の銀行にはその銀行用の粉飾された決算書が出されていた可能性があります。

銀行はこの粉飾決算書を信用して、融資を実行することになります。

仕訳は、

(借方)現金預金 5,000万円 (貸方)銀行借入金 5,000万円

となり、『はれのひ』の口座に5,000万円が入金されます。

そして、この5,000万円が社長の給与などに充てられていたとみられます。

このことが、今回の詐欺容疑となったのです。

これは、粉飾決算の一例ですが、一度粉飾決算に手を染めると、決算書を良く見せようとすればするほど、粉飾の金額が積み上がり、つじつまが合わなくなります。

粉飾決算は身を亡ぼすことになるのです。

県営大宮球場

埼玉県の高校野球は、県営大宮球場がメイン球場でした。1980年代当時の県営大宮球場は、両翼が90メートルで、センターは105メートルしかありません。センターフライがフェンスを越えます。長嶋茂雄さんが佐倉一高時代、この球場でバックスクリーンに本塁打を打ったことで有名です。その後、山崎裕之さんが上尾高校時代、同じくバックスクリーンに本塁打を放ったことから長嶋二世と呼ばれました。

ネット裏から一塁側のスタンドには大きな木がありました。得点掲示板は手書きで雨が降ると字がにじみます。狭い球場でしたが、応援スタンドと選手が近いので、雰囲気のある球場でした。

上尾高校は常に一塁側。野本喜一郎監督は『上尾は埼玉の巨人軍でなくてはならない』といつも言っていました。

水島新司さんのドカベンでも取り上げられました。

県営大宮球場の最終戦は、埼玉県税理士会の試合が最後でした。

人にものを教えるということ

事務所のスタッフ教育、税理士として納税者に対して決算書や税金について説明をする場面、小学生に対する租税教室、少年野球の指導者としての野球指導、非常勤講師として大学生に会計を教える授業。

どれも私にとっては、人にものを教える大切な機会であり、自分を鍛える絶好の機会です。まず、人にものを教えるには、周到な準備が必要です。そして、教える側は、教わる側に対して、どのように物事を伝えていけば理解するのかを考えなくてはなりません。

仕事、税金、野球、簿記や会計学、どれも同じ取り組みが必要なのです。

私が人にものを教えるとき、考え方の根底には、仕事を教えてくれた税理士事務所の所長、野球を教えてくれた少年野球の指導者、学生野球の先生(監督)、そして、簿記や会計学を教えてくれた高等学校の先生や大学の教授は、このようなときどんな教え方をするだろうかと考え、思い出してから取り掛かります。

その時自分はどうやって教わり理解したのかを考えるのです。

おそらくどの先生も、教えるたび、『今日は上手く教えることができた』『受け手の反応が良くなかった』などと、試行錯誤の末に、自分の教え方を造り出しているのだと思います。

教科書に書いてあることやマニュアルに書いてあることをそのまま教えていたのでは、面白味がなく教わる側に伝わりません。私が出会えた先生は、それぞれ教え方に工夫があり、教わる側を引き付ける魅力がある方々ばかりです。

これまで出会えた先生の振る舞いや、自分が人にものを教えることを通して、私が考える人にものを教える先生とは、『仕事ができる』『租税の法律を知っている』『野球が上手い』『簿記会計の知識がある』ということの前に、人間的指導ができる人、すなわち人間を教育できる教育者である人が先生であるということが結論です。

人間的指導や教育者になるためには、とても根気が要り、時間がかかります。仕事だけ教える、野球だけ教える、簿記会計だけ教えることは、その専門の人であれば、ある程度できるでしょう。

しかし、相手に対して、愛情があり、その人の将来を考えることができ、教えるものを通して人間の教育ができる人こそが本当の先生なのです。そういう先生に出会い教わる人は、大変幸せです。

教わる側に対して、教える側の言葉が心に響き、残り、その人の将来の道しるべを作ってあげることが、人にものを教えるということなのだと考えるのです。

黒字割合50%超

TKC全国会の会員顧問先の黒字割合は52.9%だったことが、6月1日公表の『TKC経営指標(BAST)』で分かった。黒字割合は4割に落ち込んだリーマン・ショック直後を底に8年連続で上昇している。BASTは年商100億円以下の中小企業の経営成績と財政状態を分析したもの。昨年1年間にTKCの財務システムを利用して決算をした企業が対象で、今回は24万490社の業績を分析した。(2018年6月15日号税理士新聞より抜粋)。

会計

私たちTKC会計人は、お客様の継続して黒字企業になることを願っています。

①毎月の巡回監査

②継続マスシステムによる経営計画策定支援

③書面添付制度による決算書の信頼性の向上

会計で会社を強くする取組みを実践しています。

 

複式簿記の力

ルイ14世は、当時経済を良くしないと国家財政が破たんするという状況の中で、彼は商法の原点にあたるもの(フランスの商事王令)をつくるよう指示しました。

これを受けたサヴァリーがサヴァリー法典をつくり、そこには、経営者が倒産したとき、裁判所に複式簿記を提出できない者は死刑に処すというものでありました。当時偽装倒産が横行していたフランス社会において、このサヴァリー法典により一掃されていきました。その百数十年後、ナポレオン法典になりヨーロッパの経営者は複式簿記を学ぶことをしたのです。

日本における複式簿記は、1600年、境の商人にポルトガルの宣教師が数学を教え、この数学こそが簿記であったと言われています。

ヨーロッパでは簿記を、日本でいう簿記そろばんではなく、経営管理数学といっていたのです。18世紀から19世紀に掛けての近江商人の中に、複式簿記を取り入れていたという事実があり、『中井家帳合の法』といわれるものがすでにありました。さらに江戸の末期、アメリカに渡った福沢諭吉がアメリカの教科書を写して翻訳したのが、簿記最初の本、帳合之法でありました。

福澤

渋沢栄一は、銀座で商法講習所をつくり、複式簿記を教え、それが今日の一橋大学になっています。日本では、大正のころには商業高校をつくっています。なにも大学に行った人たちだけではない、普通の人にも簿記を学ばせています。アジアの国は、現在も複式簿記が入っていません。中国のほとんどの企業はいまだに売上伝票と仕入伝票だけで、日本の国家や自治体が行っている歳出と歳入予算だけでやっています。減価償却概念がなく貸借対照表を持っていないのです。中国企業と日本企業と決定的に差があるのは、この複式簿記がないことです。

渋澤

何を売って儲け、どの資産を活用して儲け、何を購入して損し、何を購入して得をしたかをこの複式簿記を持ってきれいに分かるわけです。日本で当たり前に使っている複式簿記こそ、日本が一番早くアジアの中でマスターしたものです。ヨーロッパはサヴァリー法典が定着し、複式簿記により、経済の発展を遂げたといわれています。

アジアでは、日本だけが複式簿記を早くから知っています。まさに複式簿記は日本が生んだアジアの中での『強み』であり、複式簿記をアジアに広めることで、アジア経済の発展に繋がると思うのです。

人間は水でできている

あるラジオ番組で、『人間は70%水でできている』

と聞いたことがある。

人間は70%水でできているから、

話が伝わらないのは、水に話をしているのと同じだからだ。

水

とその番組では言っていた。

子供に至っては、90%水でできているそうだ。

子供には、もっと話が伝わらない。
なにせ、90%水でできているからである。

水に話をしているのと同じだからだ。

私は、少年野球の指導者を17年間やっている。

なかなか話が伝わらないと思ったらそういうことであったのか。

そう思えば、腹も立つまい。

これからも、コツコツと水に話しかけよう。伝わるまで。

書を生活に活かす

上尾高校

このアイキャッチ画像は、上尾高校野球部の大先輩 矢島峰月先生 が 『上尾髙校』と書いていただいたものです。矢島先生が書いた野球部のユニフォームの胸文字『上尾髙校』のデザインは今も変わることがありません。

私は、小学生のときに習字を習っていました。当時は、習いごとと言えば、『習字』と『そろばん』と相場は決まっていました。現代社会において、パソコンや携帯電話の普及により字を書くことが少なくなり、計算もそろばんから電卓に変わりました。

再び習字を習い始めたいという気持ちが芽生えました。当時習っていた先生にお願いをし習い始めました。当時の先生が未だに教室を開いていたことはとても有難かったです。おかげですんなり始められラッキーでありました。

書道教室

硯に墨汁を入れます。最近は『墨をする』ことはあまりないようです。正座をし、背筋を伸ばして姿勢を整えます。これだけでも、気持ちを冷静に保つことができます。筆を書きやすいように整え、半紙に書いていきます。いかにして、半紙の中にバランスよく書けるかが勝負になってきます。心を落ち着けて、ゆっくりと丁寧に書きます。その字の書き順はどうなっているのかはとても大切です。しっかり筆を止め、跳ねやはらいは綺麗にできるかどうかです。

先生のお手本を見ながら、一字一字書いていき、最後に小筆で名前を書きます。

週一回、約二時間の『稽古』ですが、とても貴重な時間です。黙々と字を書くことに没頭することで、集中力が増し、バランス感覚が養われる。書道の良さだと思います。先生のお手本を見ながら作品を仕上げていき、先生に見てもらい指導を受け直していただきます。書道は、書く時の姿勢、筆の持ち方、筆の使い方が美しくないと綺麗なバランスのとれた字を書くことができません。そこを先生に見てもらい直してもらうのです。

良い字が書けた時は、姿勢や筆の持ち方や使い方が良いことになります。人に直してもらうことが大事なことだと感じます。

『書を生活に活かす』。

書道を習うことで、いい加減さやこれでいいという中途半端な気持ちが無くなります。集中してしっかりした字を書くことが、生活の中に活かされていくことを実感しています。しっかりした字を書いて、相手に気持ちが伝わるのが字です。

字は上手でなくても良いです。

しっかり相手に伝わる字を書いているかどうかだと思います。現代はせわしなく時間に追われている感があります。日本の伝統文化である『道』のつく技芸や武道を見直し、生活の中に取り入れることで仕事や日常生活にきっと役立つのではないかと考えています。

組織は道具である

ドラッカーの著書の中に、『経営者の条件』という書籍があります。1966年に出版されたものです。ドラッカーが56歳の時に書きました。万人のための帝王学とされる書籍です。この書籍は、成果をあげるために自らをマネジメントする方法について書かれています。『他の人間をマネジメントできることは証明されていないが、自らをマネジメントすることは常に可能である』と言っています。

私たち個人は、組織という道具を使って、組織に貢献をし、自己成長と自己実現の機会を得ています。そして、組織は、世の中や社会に対して成果を与えています。つまり、成果は、組織の中には無く、成果は組織の外にあるのです。私たちは、いろいろな形で組織に属しています。その組織の成果から考えて、それに貢献する仕事をすることが社会的な役割ということになります。

長く仕事をしていると、営業成績や、数字を上げることだけに目がいってしまいがちです。よく、組織に使われている、組織に属していると言うことがあります。そうではなく、組織は道具なので、その道具が社会とつながっていなくてはなりません。組織の成果は、外にあります。組織の外、つまり社会に対して小さくても変化を起こすことが成果です。自分の力を使って社会に対して何をなすかなのです。

『経営者の条件』は、セルフマネジメントの視点から書かれています。組織は、お客様や社会に対して何を差し出すことができるでしょか。それこそが、組織の成果です。答えはすぐには見つからないかもしれません。私たちは、目線を上げ、視野を広げてこのことに対して考えてみる必要があります。個人⇒組織⇒社会です。組織という道具を使って、自らの強みを生かし、なすべきことをなしましょう。

高校野球の監督という仕事

真夏

今年も夏の甲子園大会を目指して、県大会予選が始まります。今年は100回大会。注目度はさらに大きくなるでしょう。埼玉県では、毎年球場で販売される選手名鑑『真夏の球宴』という冊子があります。バックナンバーの中にはなるほどという文面が載っています。

高校野球の監督という仕事。勝てば官軍の勝負の世界、甲子園出場の裏側には数えきれない敗北のくやしさ、情けなさと、それを乗り越える普段の努力があります。毎日、自分の車を走らせ、生徒の早朝練習につきあいます。手塩に掛けて育てている生徒の成長が、心配でならないのです。高校野球の監督は、高校教師でもあります。早朝練習が終わると、通常の授業に向かいます。さらに、職員会議、生徒指導や保護者との面談などの校務をこなし、放課後遅くまでグラウンドに立ちます。

高校野球の監督は、学校に何時間いるかわからない重労働なのです。

監督としての新しい方向性が取り上げられています。『集団に対するリーダーの影響力は20%程度で、残りの80%はフォロワーシップが握るといわれている。』従来のリーダーシップ重視の考え方から変わってきているのです。監督としてのフォロワーシップとは、どうやって目の前の生徒を教育すべきかを考えるのではなく、どうやったら、生徒らが自然と勝手に成長してくれるのかを突き詰めて考え抜くことです。一人ひとりの興味、能力に配慮しながら生徒のやる気を生ませるという考え方です。

高校野球の監督の心構えとして(以下記事を抜粋)①野球部に入学したのではなく、高校に入学したのだから、野球以前のことをまずしっかりやり、放課後に野球をやることである。②勝負の世界だから、厳しい。競争であり、力のあるものが勝てる。したがって平等ではない。生徒は挫折すること、負けること、失敗することを避ける傾向がある。このようなことを生徒にはたくさん経験させ、辛抱することを学ばせる。それが、生徒の人間形成につながる。③見られているという意識が生徒に出てくると変わり始める。

教育の一環としての高校野球、生徒指導にたけ周りから高く評価されても、自分の子供とまともに会話することもない毎日です。休日など全くとれないのが、高校野球の監督です。野球だけ教えているのではないのが高校野球の監督です。高校野球は3年間ですが、社会に出てからの方が、人生は長いのです。社会では、強い人間、プレッシャーに負けない人間が求められています。

 

高校野球の監督が、このような社会に求められる人間を作っているとすれば、大変大きな財産を作っていることになります。とても頭が下がります。