『神社紀行』

上尾

毎年、大晦日が過ぎ、元旦になると3か所の神社へお札をいただきに家内と二人で神社へ行きます。

神棚が自宅と会社にありますので、2つずつもらいに行きます。幸い、風が無く穏やかな夜です。

神棚は、屋根が三つの『三社造』なので、中心に神宮大麻、向かって右に氏神様、左に崇敬する神社のお札を納めることになっています。私が行くコースは、大宮氷川神社上尾氷川鍬神社川越氷川神社のコース。川越氷川神社にてお札をいただける時間が午前3時で終わるため、これに間に合うように行かなくてはなりません。

元旦の午前0時15分に自宅を出発、武蔵一宮の大宮氷川神社へ向かいます。0時40分に近くの駐車場に車を止め、小走りで出店がたくさん出ている中、大鳥居をくぐり抜けて参道の人込みの中、境内へ向かいます。今年は、待つことがなくスムーズにお参りをしてお札(天照大神)をいただくことができました。大宮氷川神社は、埼玉県で一番人出があるので、無事に行くことができて安心しました。

1時35分駐車場出発、1時50分に地元の上尾鍬神社に到着。こちらは参拝所がひとつしかないため、毎年、長い行列ができます。しかし今年は、行列が少なくお参りができお札をいただくことができました。

2時10分上尾を出発、所縁のある川越氷川神社に向かいます。川越は参拝するところが広く、あまり待つことなく参拝ができます。いつもは、神社前の駐車場に駐車できるのですが、今年は満車であり、2時35分に離れた駐車場へ止めました。境内も行列ができていましたが、2時55分にはお参りができお札をいただくことができました。川越は年々人気があるようです。

3時30分に自宅へ到着、3つのお札を神棚に納めることができました。

今日1月4日、会社の神棚へ3つのお札を納めました。

一年の無事を祈り、今年も、1日と15日には神棚のお供え物を新しくしていきます。

一年間よろしくお願いいたします。

『34年ぶりに・甲子園紀行』

34年前の第66回大会、1984年(昭和59年)の夏。埼玉県代表・上尾高校の選手として甲子園に出場した。上尾高校4度目の夏の代表であった。1回戦、徳島商に延長戦の末勝利。2回戦の法政一に敗れた。当時の甲子園球場に掲示されていた写真。

甲子園

今回は、100回の記念大会。
母校は惜しくも北埼玉大会決勝で花咲徳栄に敗れた。
次回甲子園に行くときは母校の応援と決めていたが、
私が勉強している経営塾(100年塾)でツアーを組んでくれた。
テレビではなく、現地で高校野球を見る機会に恵まれた。
歴史ある100回大会は何かあるに違いない。
阪神電鉄甲子園駅東口を下車する。
階段を降りると熱闘甲子園の看板がある。
歩道が整備されている。
前売りチケット、中央特別指定席(2800円)を事務所のスタッフが確保してくれた。真夏で並ばずに観戦できる。なんてありがたいことだろう。一塁側に向かう。
高速道路の下をくぐり抜けて球場へ。
当時の蔦は無くなっていた。少し蔦が生えつつあった。
試合予定掲示板は見違えるほどきれいになっていた。
さあ、球場へ入る。巨大な電光掲示板が目に入る。思い出が蘇ってきた。
今年の大会で大活躍した、金足農業の初戦。対鹿児島実業戦であった。
同行したスタッフが、鹿児島商の野球部出身であったので、鹿実を応援。
金足農・吉田輝星投手、140キロ後半の球速をマーク。
このこのゲームで勢いに乗ったのだろう。キャッチャーミットに収まる
乾いた音が球場に響く。
金足農勝利、校歌斉唱。身体をのけ反らして歌っている。
34年前の金足農の快進撃を思い出す。PL学園を準決勝で苦しめたが
敗退した。当時の水沢ー長谷川のバッテリーを思い出した。
金足農は、出場すると良い試合をする。
次の試合は、大垣日大(岐阜)と東海大星翔(熊本)の一戦。大垣日大の監督は、東邦(愛知)で長く監督をやっていた阪口慶三さん。東邦では、レジェンド始球式をやったバンビこと坂本圭一さんが一年生の時、準優勝をしたのを覚えている。77年の夏であった。確か相手は東洋大姫路だった。阪口さんは、74歳と新聞で読んだ。
まさか、ノックをしている。左打ち。たぶん内野ノックだけだろう。コーチが外野ノックの準備をしている。このコーチも左打ち。
ノック後、きれいに白線が手際よく引かれる。芸術的である。
     
ゲーム開始。選手たちの体格が良い。
大垣日大、満塁で逆転の一発。
阪口マジック。
第四試合、埼玉県代表・花咲徳栄登場。夏連覇がかかる。北埼玉大会決勝で、上尾を退けた。好投手野村を擁している。金足農の吉田と比べると粗削りだが将来性を感じる。
連覇へ向けて、初戦勝利。鳴門(徳島)に終盤まで追い詰められたが、底力を発揮した。さすがに勝ち方を知っている。勝ち方を知っているチームは強い。
3試合観戦、この日は気温が下がり、銀傘の下は風もあり心地良かった。同級生から、甲子園歴史観は絶対に行った方が良いと言われていた。
観戦後、バックスクリーン裏へ向かう。
甲子園に出場した高校のボールが飾ってある。母校のボールを発見。
私の高校野球、池田(徳島)・箕島(和歌山)のユニフォームは外せない。蔦監督(池田)・尾藤監督(箕島)。
浪商も外せない。上尾と浪商、昭和54年の熱闘は忘れられない。仁村徹(上尾)・牛島和彦(浪商)。後に中日ドラゴンズでチームメイトとなる。
このサインは貴重である。香川(浪商)・石井ー嶋田(箕島)。
野球漫画といえば、水島新司。ドカベンも展示されている。
山田太郎(キャッチャー)。
殿馬一人(セカンド)。
ああ、大甲子園。
84年、66回大会のやぐらを見る。
甲子園のバックスクリーンからの眺め。
甲子園に来てよかった。34年ぶりであったがとても新鮮だった。
100回大会が終わった。これからもいくつも難題が待ち受けていると思うが、続いてほしい。高校野球人の聖地、甲子園。
同行してくれた皆さん、企画してくれた100年塾の皆さんに感謝。

『甲子園の土を売買?』

甲子園の土

甲子園の土を売買?

この話題でNHKから取材を受けました。とても反響が大きかったので経緯を書きます。

メルカリなどで、『甲子園の土』が売買されていることが物議を醸しています。

私も新聞で知ったので、『甲子園の土』を売る人がいるのか?売るものではないだろうと思っていました。

8月17日(金)午後5時少し前、事務所に『NHKニュースウォッチ9』の担当者から『玄関に甲子園の土を飾っていることをブログで知ったので話を聞かせてくれませんか』と電話がかかってきました。

少し話をした後、『局内で検討しますので、再度連絡します』。程なく連絡があり、これから事務所に取材に伺いたい、18時30分には到着します。当時のグローブやバットやユニフォームなどあったら用意してほしいとのことでしたが、ユニフォームならと自宅へ取りにいってきました。

事務所へ戻ってくると、カメラマン2名、取材の担当者がひとり準備を進めているところでした。聞くと、夜9時の放送に間に合わせるとのことでした。

おそらく、NHKが見たブログは ⇒ https://tk66.jp/archives/75

この投稿ではないかと思います。

当日の放送の模様は

NHKニュースウォッチ9特集ダイジェスト

NHKニュースウォッチ9YouTube

(YouTubeの映像は14分後)

で見ることができます。

こんなことってあるのですね。

NHKの情報収集力はすごいです。放送された昭和59年当時の映像(上尾対法政一戦)は、NHKの膨大な映像の中から持ってきたのでしょう。

法政一

情報発信を継続することは大事なんですね。

とてもびっくりした出来事でした。

『あおいくま』

月刊致知8月号 「僕を変えてくれた母の生き方」

ものまねタレント・俳優 滝川広志(コロッケ)。

コロッケ

以下、記事抜粋。

人生の原点となった母の教えは、

我が家の柱には母の字で書かれた、黄ばんだ紙が貼られていました。

あせるな

おこるな

いばるな

くさるな

まけるな

子供の僕には意味が分からず『あおいくま』と読んでいました。

母は笑いながら

「広志くん、この言葉だけは覚えておきなさい。これを覚えておけば大丈夫だから」と教えてくれました。

僕は事あるごとにこの『あおいくま』を思い出し、心の支えとするようになりました。

コロッケさんの強さは、83歳になる母の教えがありました。

『あおいくま』。

相手が一番、自分が二番。

素直に思うことができたといいます。

母親には一生敵わない。

MGゲームが会社を変える

私たち税理士法人キャンバスが指導いただいている100年塾では、MGゲームを推奨しています。

私も受講しましたが、弊社でも大切なお客様へ向けてこのMGゲームを伝えたいと考えました。

そこで、

弊社のスタッフがMGインストラクターを取得しました。

先日、弊社にて戦略MGゲーム研修を行いました。

風景

遊びながら企業経営を学べる!?

  • 戦略MG研修とは

戦略MG(マネジメントゲーム)とは、経営の考え方・新しい視点・

経営計画・財務損益・経営分析等をすることを目的とした

経営シミュレーションプログラムです。

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500万人、学校では500校が受講してます。

また、その対象者は、経営トップから新入社員まで幅広く及んでいて

受講者によって得られる効果がさまざまあります。

ソフトバンクの孫正義社長も絶賛!

創業前年の1980年に博多のMGセミナーを受講。
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今日のソフトバンク社はない」と述懐しています。

このMG研修では、

いかに利益を出すこと、お金を残すことが大変かを学びます。

経営には様々な意思決定が必要になります。

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遊びながら、経営感覚を学ぶことができます。

このMGゲーム研修を受講してみませんか?

お問い合わせは

税理士法人キャンバスまで。

 

 

 

 

人材の確保と働き方改革

日本の労働生産性の低さは、先進国の中でも際立っていると言われています。社員一人ひとりが仕事で成果を上げながら、休息をしっかりとれる環境を整えるには企業はどのようにしたらよいのでしょうか。私たち中小企業は、特にそのことに着目して経営をしていかなくてはなりません。経営者が働き方改革を推し進めていくには、経営者自身が改革に関与し、社員には当事者意識を持ってもらうことが大切だと感じています。

働き方改革には、人材確保が前提であって、人材確保をするには、働き易い環境を整えることです。環境整備を行き届かせることです。具体的には、オフィスの中がきれいである、通勤が便利である。仕事をチームで行っている。なんでも相談できる社内環境である。人は生きていくうえで、生活環境が目まぐるしく変わるので、個人の生活に応じた働き方や休息がとれる、といったことが挙げられます。

中小企業が生き残るうえで、人材確保は欠かせません。働き方改革に直結するからです。そうなると、独自の採用ルートを確立していかなくてはなりません。これを持っている企業は、同業者に比べて大きな差別化ができます。人材確保のために、時間とお金を投資する時代が来ました。そして、育児休暇や介護休暇が柔軟に取得でき、優秀な社員が戻って来ることのできる環境づくりです。そのための人材確保戦略が必要なのです。

公立中学、高校教員の働き方改革の議論が進んでいます。部活に携わる時間の見直しの議論です。時代は変わってきたと感じます。働き方改革は、国策として動き出しています。多様な働き方が出てくるでしょう。重要な仕事に対し大きな成果を出し、しっかりと休むことができる。そのような企業には優秀な人材が集まり、仕事も集まってきます。働き方改革は、経営者の意識を変える大きな取組となります。

暑さ対策ができるチームが勝つ

高校野球、夏の甲子園を懸けた予選が各地で熱戦を繰り広げています。

暑さ

各地で有力校が苦戦を強いられている報道がなされています。

スタンドで観戦をしましたが、今年の暑さは異常です。

昨日も36度~38度まで埼玉県内は気温が上がりました。

この気温が6月後半から続いていて、連日の猛暑、酷暑といえます。

暑さに熱中症や体調不良、手足がつるといったことが起きています。

『昔の夏はこんなに暑かったのか』。

気象庁のHPから探ると

私が高校球児だった84年のさいたまの7月の平均気温は、25.5度。

最高気温は35.1度でした。

昨年(2017年)の平均気温は27.6度、最高気温は35.3度でした。

気温が上がっていることは間違いがなく、

この暑さ対策をしないとなりません。

大会に入るまで、入ってからの体調管理、試合の日程を見ながら、投手の負担を考えた分業体制。

この暑さ対策がうまくできないと一発勝負の夏の大会を勝ち抜くことができないでしょう。

 

練習をしないと不安になるものです。しかし、思い切った休息をとって試合に臨むことも大切だと感じます。

 

スピーチはスポーツだ

小田全宏先生のスピーチの講座へ参加したときに教えていただいたことがあります。

 

スピーチはスポーツだ

自分が修正した部分は上手になる。

ということです。

  • お辞儀をしっかり行う『す、すーう』。
  • はじめに、今回は○○についてみなさんにお伝えしたいと思います。
  • 言葉のひげ『あの~』『えーと』を使わないで話す。
  • 語尾をはっきりする。語尾が消えないように。
  • 最後に○○についてお話をいたしまして私からのスピーチといたします。
  • お辞儀をしっかり行う『す、すーう』。

人の伝えるには公式がある。

スピーチもある種の訓練。

スピーチはおしゃべりとは違う。

人は話を聞くことはしんどい。

承認してもらうことが目的、面白いのは本来の目的ではない。

メッセージが伝わる。そのためにスピーチがある。

語尾をしっかり、うちゃうちゃしない。

ざわざわしている時は、終わってから。

7%が言葉、93%が表情、服装、身振り手振り、姿勢。

話の中身⇒感情の伴った個人的な体験を入れると響く。

相手の頭の中である部分イメージが入れば共感している。

常にある種の感謝のエネルギーを入れる。

⇒自分の手柄ではなく他人の良いところを流す。

上手な人は『間』のとり方がうまい。

 

私の感想は、

いろいろな方のスピーチを聞きますが、言葉のひげをとる訓練がポイントのようです。

県営大宮球場

埼玉県の高校野球は、県営大宮球場がメイン球場でした。1980年代当時の県営大宮球場は、両翼が90メートルで、センターは105メートルしかありません。センターフライがフェンスを越えます。長嶋茂雄さんが佐倉一高時代、この球場でバックスクリーンに本塁打を打ったことで有名です。その後、山崎裕之さんが上尾高校時代、同じくバックスクリーンに本塁打を放ったことから長嶋二世と呼ばれました。

ネット裏から一塁側のスタンドには大きな木がありました。得点掲示板は手書きで雨が降ると字がにじみます。狭い球場でしたが、応援スタンドと選手が近いので、雰囲気のある球場でした。

上尾高校は常に一塁側。野本喜一郎監督は『上尾は埼玉の巨人軍でなくてはならない』といつも言っていました。

水島新司さんのドカベンでも取り上げられました。

県営大宮球場の最終戦は、埼玉県税理士会の試合が最後でした。

人にものを教えるということ

事務所のスタッフ教育、税理士として納税者に対して決算書や税金について説明をする場面、小学生に対する租税教室、少年野球の指導者としての野球指導、非常勤講師として大学生に会計を教える授業。

どれも私にとっては、人にものを教える大切な機会であり、自分を鍛える絶好の機会です。まず、人にものを教えるには、周到な準備が必要です。そして、教える側は、教わる側に対して、どのように物事を伝えていけば理解するのかを考えなくてはなりません。

仕事、税金、野球、簿記や会計学、どれも同じ取り組みが必要なのです。

私が人にものを教えるとき、考え方の根底には、仕事を教えてくれた税理士事務所の所長、野球を教えてくれた少年野球の指導者、学生野球の先生(監督)、そして、簿記や会計学を教えてくれた高等学校の先生や大学の教授は、このようなときどんな教え方をするだろうかと考え、思い出してから取り掛かります。

その時自分はどうやって教わり理解したのかを考えるのです。

おそらくどの先生も、教えるたび、『今日は上手く教えることができた』『受け手の反応が良くなかった』などと、試行錯誤の末に、自分の教え方を造り出しているのだと思います。

教科書に書いてあることやマニュアルに書いてあることをそのまま教えていたのでは、面白味がなく教わる側に伝わりません。私が出会えた先生は、それぞれ教え方に工夫があり、教わる側を引き付ける魅力がある方々ばかりです。

これまで出会えた先生の振る舞いや、自分が人にものを教えることを通して、私が考える人にものを教える先生とは、『仕事ができる』『租税の法律を知っている』『野球が上手い』『簿記会計の知識がある』ということの前に、人間的指導ができる人、すなわち人間を教育できる教育者である人が先生であるということが結論です。

人間的指導や教育者になるためには、とても根気が要り、時間がかかります。仕事だけ教える、野球だけ教える、簿記会計だけ教えることは、その専門の人であれば、ある程度できるでしょう。

しかし、相手に対して、愛情があり、その人の将来を考えることができ、教えるものを通して人間の教育ができる人こそが本当の先生なのです。そういう先生に出会い教わる人は、大変幸せです。

教わる側に対して、教える側の言葉が心に響き、残り、その人の将来の道しるべを作ってあげることが、人にものを教えるということなのだと考えるのです。