『34年ぶりに・甲子園紀行』

34年前の第66回大会、1984年(昭和59年)の夏。埼玉県代表・上尾高校の選手として甲子園に出場した。上尾高校4度目の夏の代表であった。1回戦、徳島商に延長戦の末勝利。2回戦の法政一に敗れた。当時の甲子園球場に掲示されていた写真。

甲子園

今回は、100回の記念大会。
母校は惜しくも北埼玉大会決勝で花咲徳栄に敗れた。
次回甲子園に行くときは母校の応援と決めていたが、
私が勉強している経営塾(100年塾)でツアーを組んでくれた。
テレビではなく、現地で高校野球を見る機会に恵まれた。
歴史ある100回大会は何かあるに違いない。
阪神電鉄甲子園駅東口を下車する。
階段を降りると熱闘甲子園の看板がある。
歩道が整備されている。
前売りチケット、中央特別指定席(2800円)を事務所のスタッフが確保してくれた。真夏で並ばずに観戦できる。なんてありがたいことだろう。一塁側に向かう。
高速道路の下をくぐり抜けて球場へ。
当時の蔦は無くなっていた。少し蔦が生えつつあった。
試合予定掲示板は見違えるほどきれいになっていた。
さあ、球場へ入る。巨大な電光掲示板が目に入る。思い出が蘇ってきた。
今年の大会で大活躍した、金足農業の初戦。対鹿児島実業戦であった。
同行したスタッフが、鹿児島商の野球部出身であったので、鹿実を応援。
金足農・吉田輝星投手、140キロ後半の球速をマーク。
このこのゲームで勢いに乗ったのだろう。キャッチャーミットに収まる
乾いた音が球場に響く。
金足農勝利、校歌斉唱。身体をのけ反らして歌っている。
34年前の金足農の快進撃を思い出す。PL学園を準決勝で苦しめたが
敗退した。当時の水沢ー長谷川のバッテリーを思い出した。
金足農は、出場すると良い試合をする。
次の試合は、大垣日大(岐阜)と東海大星翔(熊本)の一戦。大垣日大の監督は、東邦(愛知)で長く監督をやっていた阪口慶三さん。東邦では、レジェンド始球式をやったバンビこと坂本圭一さんが一年生の時、準優勝をしたのを覚えている。77年の夏であった。確か相手は東洋大姫路だった。阪口さんは、74歳と新聞で読んだ。
まさか、ノックをしている。左打ち。たぶん内野ノックだけだろう。コーチが外野ノックの準備をしている。このコーチも左打ち。
ノック後、きれいに白線が手際よく引かれる。芸術的である。
     
ゲーム開始。選手たちの体格が良い。
大垣日大、満塁で逆転の一発。
阪口マジック。
第四試合、埼玉県代表・花咲徳栄登場。夏連覇がかかる。北埼玉大会決勝で、上尾を退けた。好投手野村を擁している。金足農の吉田と比べると粗削りだが将来性を感じる。
連覇へ向けて、初戦勝利。鳴門(徳島)に終盤まで追い詰められたが、底力を発揮した。さすがに勝ち方を知っている。勝ち方を知っているチームは強い。
3試合観戦、この日は気温が下がり、銀傘の下は風もあり心地良かった。同級生から、甲子園歴史観は絶対に行った方が良いと言われていた。
観戦後、バックスクリーン裏へ向かう。
甲子園に出場した高校のボールが飾ってある。母校のボールを発見。
私の高校野球、池田(徳島)・箕島(和歌山)のユニフォームは外せない。蔦監督(池田)・尾藤監督(箕島)。
浪商も外せない。上尾と浪商、昭和54年の熱闘は忘れられない。仁村徹(上尾)・牛島和彦(浪商)。後に中日ドラゴンズでチームメイトとなる。
このサインは貴重である。香川(浪商)・石井ー嶋田(箕島)。
野球漫画といえば、水島新司。ドカベンも展示されている。
山田太郎(キャッチャー)。
殿馬一人(セカンド)。
ああ、大甲子園。
84年、66回大会のやぐらを見る。
甲子園のバックスクリーンからの眺め。
甲子園に来てよかった。34年ぶりであったがとても新鮮だった。
100回大会が終わった。これからもいくつも難題が待ち受けていると思うが、続いてほしい。高校野球人の聖地、甲子園。
同行してくれた皆さん、企画してくれた100年塾の皆さんに感謝。

投稿者プロフィール

toshi
toshi
埼玉県上尾市で税理士法人キャンバスの代表をしています。
西上尾コンドルズスポーツ少年団の代表をしています。
拓殖大学商学部非常勤講師を務めています。
埼玉県立上尾高等学校野球部出身です。
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