複式簿記の力

ルイ14世は、当時経済を良くしないと国家財政が破たんするという状況の中で、彼は商法の原点にあたるもの(フランスの商事王令)をつくるよう指示しました。

これを受けたサヴァリーがサヴァリー法典をつくり、そこには、経営者が倒産したとき、裁判所に複式簿記を提出できない者は死刑に処すというものでありました。当時偽装倒産が横行していたフランス社会において、このサヴァリー法典により一掃されていきました。その百数十年後、ナポレオン法典になりヨーロッパの経営者は複式簿記を学ぶことをしたのです。

日本における複式簿記は、1600年、境の商人にポルトガルの宣教師が数学を教え、この数学こそが簿記であったと言われています。

ヨーロッパでは簿記を、日本でいう簿記そろばんではなく、経営管理数学といっていたのです。18世紀から19世紀に掛けての近江商人の中に、複式簿記を取り入れていたという事実があり、『中井家帳合の法』といわれるものがすでにありました。さらに江戸の末期、アメリカに渡った福沢諭吉がアメリカの教科書を写して翻訳したのが、簿記最初の本、帳合之法でありました。

福澤

渋沢栄一は、銀座で商法講習所をつくり、複式簿記を教え、それが今日の一橋大学になっています。日本では、大正のころには商業高校をつくっています。なにも大学に行った人たちだけではない、普通の人にも簿記を学ばせています。アジアの国は、現在も複式簿記が入っていません。中国のほとんどの企業はいまだに売上伝票と仕入伝票だけで、日本の国家や自治体が行っている歳出と歳入予算だけでやっています。減価償却概念がなく貸借対照表を持っていないのです。中国企業と日本企業と決定的に差があるのは、この複式簿記がないことです。

渋澤

何を売って儲け、どの資産を活用して儲け、何を購入して損し、何を購入して得をしたかをこの複式簿記を持ってきれいに分かるわけです。日本で当たり前に使っている複式簿記こそ、日本が一番早くアジアの中でマスターしたものです。ヨーロッパはサヴァリー法典が定着し、複式簿記により、経済の発展を遂げたといわれています。

アジアでは、日本だけが複式簿記を早くから知っています。まさに複式簿記は日本が生んだアジアの中での『強み』であり、複式簿記をアジアに広めることで、アジア経済の発展に繋がると思うのです。

投稿者プロフィール

toshi
toshi
埼玉県上尾市で税理士法人キャンバスの代表をしています。
西上尾コンドルズスポーツ少年団の代表をしています。
拓殖大学商学部非常勤講師を務めています。
埼玉県立上尾高等学校野球部出身です。
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